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2013/08/03.Sat

【マスコミ】森喜朗の神の国発言

森喜朗とは、急逝した小渕恵三に代わって内閣総理大臣を務めた政治家。
首相時に騒動となった「神の国」発言について解説します。

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神の国発言 wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E3%81%AE%E5%9B%BD%E7%99%BA%E8%A8%80

神の国発言(かみのくにはつげん)とは、2000年5月15日、神道政治連盟国会議員懇談会において森喜朗内閣総理大臣(当時)が行った挨拶の中に含まれていた、「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知して戴く、そのために我々(=神政連関係議員)が頑張って来た」という発言。

※全文
神道政治連盟国会議員懇談会が三十年ということで、おそらくお話があったのだと思いますが、
この綿貫民輔先生、まさしく先生は神の子でありますから、しかも、位のきわめて高い神官でもありますから、
その綿貫さんと私たちは同期生、つまり国会議員になりましてから、ちょうどわれわれも三十年になるんです。
つまり昭和四十四年の暮れに当選をいたしました。綿貫先生がそのまとめ役をされておられますけど、
一番若かったのが当時二十七歳の小沢一郎さん、その次に若かったのが三十二歳の私でありまして、
その次に若かったのが私より二つ上の羽田孜さんでした。その次が大阪の中山正暉さん、
まあ梶山静六さんもおられましたし、江藤隆美さん、松永光さん、とにかく多士済々四十四人。
浜田幸一さんなどもいらっしゃいまして…。

まあ、本当に小沢さんをはじめとして世間をお騒がせする者が、私を含めて非常に多い、そういう当選組が
昭和四十四年でございまして、その私どもがどちらかといえば私も綿貫さんの指導を仰ぎながら、この、
神様を大事にしようという最も大事なことをどうも世の中は忘れているのではないかということから、
神社本庁のご指導をいただきながら神道政治連盟、そして国会議員懇談会を設立したわけですから、
まさに私たちが中心になって、今日まで活動させていただいたと自負しております。

最近、村上正邦参院議員会長をはじめみなさんの大変なご努力で「昭和の日」ということを制定いたしましたり、
あるいはまた、今の天皇のご在位十年をお祝いをさせていただいたり、先帝陛下ご即位五十年、六十年のお祝いとか、ややもすると政府側、今の私は政府側におるわけですが、若干及び腰になるようなことをしっかりと前面に出して日本の国、まさに天皇を中心にしている神の国であるぞということを、国民のみなさんにしっかりと承知をしていただく、その思いで、われわれが活動して三十年になるわけでして、比較的私たちの同期というのは皆しぶとくて、結構国会に残っていますのは、神様を大事にしているからちゃんと当選させてもらえるのだなあと、
そう思っているわけです。

とりわけ、今日は梅原(猛)先生がお見えになってらっしゃいますが、やはり、私はありがたいことに
森という名前を頂いておりまして、今や日本だけでなく世界中が環境、そして環境の問題を語るには
「森を大事にしよう」ということになるわけで、皆様、私を大事にしてくださって、小渕さんまで
私を大事にしてくださっているんじゃないかなと思っているくらい、わたしは今の立場を、本当に、
小渕さんのこの残されたお仕事をしっかりと実行できるように努力しなければならん立場だと思って
います。

それには、われわれの子供の社会から考えてみますと、やはり、鎮守の森という宮様を中心に地域社会を
構成してきたように思うんです。

実は私が今、小渕首相の後を受けてこういう立場になって教育改革を進めようという教育改革国民会議を
いたしております。この間、こうした少年犯罪が増加することを心配してアピールをしようということで、
テーマを、まあ、文書を作られたのですが、正直言って役所側で作ったものなんですから、委員のみなさんが
大変なご批判をいただいた。私も一言言いたかったのです。どうも文部省が教育委員会に通達するような文章
だったので正直言って私も見ながら恥ずかしい思いをしたんですが、しかし、この審議会そのものが総理の
私的諮問機関ですから、私がそんなことを申し上げてはいかんのです、立場上。しかしそんな難しいこと、
確かに難しいことだけど、言いたいことは私は、人の命というものはお父さまお母さまから頂いたもの、
しかし、もっと端的に言えば神様から頂いたものだ。神様から頂いた命は、まず自分の命を大切にしなければ
ならないし、人様の命もあやめてはならない。ということが基本でなければならない。その基本のことが
なぜ子供たちが理解していないのか。

いや、子供たちに教えていない親たちや学校の先生や社会の方が悪いんだといえば、私はそのとおりだと思う。
昨日沖縄に参りまして、全国四十七都道府県から子供たちが集まって、小中学校の生徒さんのサミットと
いうのをやりまして、そして七月に行われる本番のサミットに提言をしてくれた。その提言の文章を私が
頂いたんですけど、その文章を見てますと、地球環境を大事にしよう、地球共生社会と書いてあるが、
どこをみても、命を大事にしようとは書いていない。ちょうど、不思議なことで、ちょうどその式典に
出ようとしたそのときに、小渕首相の訃報(ふほう)が沖縄の私に連絡が入ったわけです。
もう胸がいっぱいになりました。子供たちがいるセレモニーの中で小渕さんの話をしようかなと
思ったんですけど、子供たちが喜んで「さあ終わったぞ」ということでみんなが楽しんで喜んだ
セレモニーでしたから、あえて私は小渕さんのことは申し上げなかったんですよ。
申し上げなかったけれども地球共生の社会のシステムを大事にしよう、水を大切にしよう。
それらもとてもいいことだけれど、もうひとつ、地球社会、共生の社会ということなら、共通なことは
命が大事なんだよ、人の命が大事だということを考えよう。

お父様、お母様から頂いたことは間違いない。しかし、この人間の体ほど、不思議なものはない。
これは神様から頂いたものということしかない。
そうみんなで信じようじゃないか。神様であれ、仏様であれ、それこそ天照大神であれ、神武天皇であれ、
親鸞聖人さんであれ、日蓮さんであれ宗教は心に宿る文化なんですから。そういうことをみんな大事にしよう
ということをもっと教育の現場で何で言えないのかなあ、「信教の自由だから触れてはいけない」のか、
そうではない。信教の自由だからどの宗教も、神も仏も大事にしよう。ということを学校でも社会でも
家庭でも言うということが私はもっともっと今の日本の、精神論から言えば一番大事なことではないか、
こう思うのです。

私はあまり信心深くない方ですが、それでも朝は必ず神棚に水をあげて、出て参ります。そうすると
私の孫が一歳半の時から、一緒に倣ってお参りをしてくれる。私のことを孫が先生と言ってくれる。
幼稚園に行く前に、タッタッタッと私の寝室に来て、そのとき私は小渕さんのところとかに行って
疲れていましたけど孫が、「先生」と言うから、「どうしたの」と言うと、「先生、お参りしよう神様に」
と言ったので、これは寝ているときではないな、と「ちょっと待って」と言って、水をあげた。
この子が将来どうなるかは分かりませんよ。分かりませんが、日曜には教会に行っているという。
教会に行ったり神棚に参ったり、お仏壇にお参りしたり。要はお参りしようということをいつの間にか
小さな子供がやっぱりおじいちゃんがやることによって覚えてくれる。

私は息子や娘に言うんです。おまえら一番悪いじゃないか。何にもしないから。
おじいちゃんがやると孫もできるようになるんだよ、と。そんな一番大事な基本のこと、家庭の基本のこと、
そして地域社会のこと、やはり神社を中心にして地域社会は栄えていくんだよということをもういっぺん、
そんな難しい話じゃない、みんなでもういっぺんそのことを勇気を持ってしっかりやることが
二十一世紀がまた、輝ける時代になるのではないかな、そんなふうに思うんです。
今日は全国からこうして皆さん方がお越しの前で、私が余計なことを申し上げるのは立場上差し控えるのですが、
皆様にはもっともっと多くのみなさんに多くの影響力をもたらしてくださる方々ばかりですから、
どうぞ皆様方で勇気をもってですね、今の子供たちの社会、もっと神様とか仏様とか、そうしたことをしっかりと
体で覚えていく、そういう地域社会、秩序ある社会を作り出す、そのために、ますます皆様がご活躍して
いただきますよう、また、われわれ国会議員の会も神社本庁のご指導を頂きながら人間の社会は何が一番必要なのかという原点をしっかり皆様方に把握していただく、そういう政治運動をしていかなければならない。
そのように考えているわけであります。

たまたま小渕先生がご他界になりました。その四十三日前に、私はそうした立場で、補佐役をしておりました。
私は小渕さんの後を頂こうとかそんなことは一つも考えていなかった。私は小渕さんが一生懸命やることを
与党の幹事長という立場で支えることが私の滅私奉公の精神にあっている、そう思っておりましたから
後継の総裁に指名してくださったことを天命だと思った。天命ということは、神様から頂いた、
私はそう思っている。まさに天の配剤ということであろうかと、私はそう思っています。

小渕さんがお亡くなりになったときの棺が官邸の前を通って国会を回られて帰られた。
私はそのことを写真でみましたが、ちょうど一天にわかにかき曇って小渕さんが官邸の前を通ったときに
雷鳴が鳴ったそうです。それは小渕さんが天に昇られた、あるいは天も一緒に小渕さんの死を悲しんで
くださった。いずれにしても天の命が下った。わたしはそう思っています。これは神様の配剤だろうと。
だからこそ、神様に恥ずかしいことをしてはいかん。もっと分かりやすく言えばお天道様が見ている。
神様が見ているということを、私は日本の政治が過ちにならないようにしっかりがんばっていきたいと
思うのです。

どうぞご参集の皆様方、三十年をこうして祝ってくださって、さらに行く末、そして世界の将来を
念じながらご指導賜りますようにお願い申し上げまして、少し長くなりますがお礼を申し上げる次第です。
ありがとうございました。

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神道関係の集会で行ったスピーチであることを考えれば、
特段、文脈や内容がおかしいわけではないのだが、
当時のマスコミは「神の国」と発言した部分を切り出して報道。
さも問題発言であるかのごとく扱った。

国民主権や政教分離の観点から、マスコミ・野党・言論人が激しく批判を行うなど
大きな騒動となった。

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